記事一覧

膨らむ資産劣化の恐れ

FRBには強い危機感が走った。米連邦公開市場委員会(FOMC)が決めた政策金利を守れない前代未聞の状況は金融政策の信認を揺るがすが、それだけが理由ではない。米国では、日本の銀行預金のように個人の財布代わりになっているマネー・マーケット・ファンド(MMF)が、短期市場で大量の資金を運用している。もし金利がゼロになれば、解約殺到の恐れもある。そうなればMMFが持つCPが売られ、ただでさえ厳しい企業の資金繰りに追い打ちをかけかねない。事態を打開するためFRBは、金利付与の制度を導入してからわずか1ヵ月後の十一月、それまで政策金利よりも低い水準にあった「下限金利」を政策金利と同じ一%まで引き上げた。

これで政策金利の「下振れ」を解消したいとの期待からだったが、結局、FF金利は一%を下回り続け、窮余の策も空振りに終わった。「FRBは出口への戦略もなく、量的緩和に足を踏み入れているのではないか」。日銀の幹部は「なし崩しの量的緩和」に懸念を示したが、残された選択肢が少ないのは日銀も同じだ。深刻さを増す金融・経済危機が、各国中銀、そして日銀の手足を縛り始めていた。FRBダラス連銀のフィッシャー総裁は、全米に十二ある地区連銀のトップで最もインフレを警戒し、利上げを主張する「タカ派」として知られていた。そのフィッシャー総裁に新たな懸念が加わった。FRBのバランスシート(貸借対照表)膨張だ。「新年までにFRBの資産が三兆ドルに膨らんでも不思議はない。米国内総生産(GDP)の二〇%という額だ」。二〇〇八年十一月初め、そう警鐘を鳴らした。

リーマン・ブラザーズが破綻する直前の九月上旬に九千四百億ドルだったFRBの資産規模は、わずか二ヵ月半で二兆二千億ドルと二・四倍に膨らんだ。金融機関や市場への資金供給を増やす目的で、証券や債券などの買い取りを拡大したためだ。フィッシャー総裁の発言から二週間余りたったトー月二十五日。FRBは最大八千億ドルの住宅ローン担保証券や個人ローン債権を金融機関から買い取ると発表した。借り手となる個人や金融機関の支援が狙いだが、買い取った債権はFRBの資産に計上され、バランスシートを膨らませる。「三兆ドル」は現実味を増していった。金融危機が深刻化した○八年春以降、FRBはまさに大盤振る舞いというべき支援を連発してきた。ベアー・スターンズに二百九十億ドル、アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)に一千百億ドル、企業からのコマーシャルペーパー(CP)購入に二千七百億ドル。そこに上乗せする形での八千億ドルの巨額支援。

しかもFRBは、今後さらに矢を放つ構えを見せていた。危機への対応を迫られているのは他の中央銀行も同じで、支援策はFRBほどではないにしても、やはり資産を膨らませていた。十一月下旬時点で日銀の資産は年初より約一割増、欧州中央銀行(ECB)は約四割増、英イングランド銀行(BOE)は二こ二倍に増えた。中央銀行の資産を拡大させている支援策の目的は、大きく分けて二つ。第一は機能マヒに陥った市場のテコ入れだ。住宅ローンを裏付けとする証券化商品などは商品の価値に疑念が生じ買い手がつかない。銀行が互いの健全性に神経質になり資金の貸し借りが極端に細る現象も目立つ。中央銀行は市場を補完する形で資金を供給するとともに、これを通じて取引を正常化させる誘い水の効果を狙った。

市場本来の機能が失われてしまった

「ゼロ金利への競走」。主要中銀の置かれた立場を内外のエコノミストはそう説明していた。十一月二十一日の時点でFRBの政策金利は史上最低に並ぶ一%。欧州中央銀行(ECB)の政策金利も約二年ぶりの低水準で、さらなる利下げが予想されていた。英イングランド銀行(BOE)に至っては、相次ぐ大幅利下げで、政策金利は約五十年ぶりの水準まで下がっていた。しかし、利下げの効果は徐々に小さくなっていた。十一月六日のBOEによる丁五%の大幅な利下げにも株価はほとんど反応を示さなかった。さらに主要な民間銀行が貸出金利の引き下げを見送る事態も生じた。通常なら「利下げ・市場金利低下・貸出金利下げ」と政策効果が浸透していくが、信用不安を背景に利下げ後も市場金利が高止まりしたためだ。

市場の心理好転と景気テコ入れを狙った当局は二重の衝撃を受けた。金利がゼロに近づくなかで、利下げの効果に限界が見え始めた主要中銀。市場では、各中銀が次にどんな策をひねり出すのかに、にわかに注目が集まり始めた。これ以上の利下げが難しくなった中央銀行にとって、一段の金融緩和のためとりうる選択肢の一つは、政策運営の目安を「金利」ではなく、お金の「量」に切り替えて、たっぷりと資金を供給する量的緩和政策だ。日本が○一年から五年間にわたって採用した政策だが、今回は「世界同時の量的緩和が視野に入る」(クレディ・スイス証券の白川浩道チーフエコノミスト)との可能性もささやかれ始めた。

ただし、各中銀は仮に量的緩和に突入する場合でも金利をゼロにすることは避け、プラス金利を保ちたいと考えていたようだ。少なくとも、日銀内には「何としてもゼロ金利は避けたい」と考える幹部が多くいた。ゼロ金利が長引いた日本では、銀行が日銀から資金を直接調達できるようになり、銀行同士が資金をやり取りする短期金融市場での取引が極端に細った。信用力に応じて金利が発生するという「市場本来の機能が失われてしまった」(日銀幹部)との反省がある。FRBも、そうした弊害を十分承知していたものと思われる。

潤沢に資金を供給しながら、ゼロ金利は避ける。一見矛盾する二つの課題を両立させるため、まず十月にFRBが手を打ち、日銀がこれに続いた。銀行が資金決済などを行うため中央銀行に開設している「当座預金口座」に金利を付け始めたのだ。銀行はふだん、余剰な資金を短期金融市場で運用して金利収入を得ている。だが市場で付く金利が当座預金の金利を下回った場合、銀行はお金を中央銀行に預けた方が有利になる。このため理屈上は、市場の金利は当座預金に付く金利を下回ることはなくなる。短期市場金利に事実上の「下限」を設定できるわけだ。もっとも当座預金に金利を付ければ、銀行がお金を当座預金口座に眠らせたままにする可能性がある。供給したお金が市場や貸し出しに回りにくくなるとの弊害を指摘する声は、日銀内からも上がった。

より深刻な事態に見舞われ、金融政策に大きな混乱が生じたのは米国だ。当座預金に金利を付けたのに短期金利は急降下。政策金利であるフェデラルファッド(FF)金利の誘導目標を大きく下回り、「下限金利」が機能しない事態が生じた。主な原因は米連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)、米連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)という二つの住宅公社。二社は短期金融市場で巨額の資金を運用しているが、FRBは銀行などのように当座預金に金利が付く仕組みを、この二社には適用していなかった。そのため余剰資金を当座預金よりも低い金利で市場に供給し、FF金利を押し下げてしまった。

ドル安に象徴されるアメリカ経済の危機

資源価格の高騰は、資源使用効率のより高い企業を相対的に有利にする。価格の高いものを少なく使って同じような仕事ができるからであるし、資源効率の高い機器(たとえば燃費のいい自動車) への世界的な需要が高まるからである。だから、これまでも高い資源価格(あるいは高い資源関連税率)の下で市場が形成されてきた日本国内市場で鍛えられてきた日本企業は、案外有利な立場にある。それは、オイルショックの後で世界的に燃費のいい日本の自動車や効率的な日本の省エネ技術関連機器への需要が高まったことを思い出させる。

環境問題の深刻化もまた、あくまでも相対的にだが、日本企業にとってはプラスの面もある。第一に、温暖化ガスヘの対策としての原子力発電や太陽光発電、燃料電池のコジェネレーション機器など、日本の産業が世界のトップレベルにある分野は多い。東芝が最近続々と原子力発電所の大型商談を勝ち取っているのが、その例である。あるいは大気汚染への対策機器でも、省エネ機器でも、日本の技術がこれからますます生きるだろう。

ドル安に象徴されるアメリカ経済の危機は、たしかに日本企業の輸出や海外需要へのマイナスの影響を持つだろう。しかし、ドル安は円高でもある。それは、日本企業の購買力という点では、日本の通貨の購買力が世界的に大きくなる現象で、プラスであるし、また外国企業にとって日本市場での製品競争力や購買力が小さくなるという現象である。購買力という点で言えば、日本企業をアメリカ企業が買収しようとするときにも、彼らにとってのドル建て株式価値は高くなってしまう。三角買収が可能になったおかげで日本企業が米国企業に買われてしまうという危機感が生まれていたが、多少は一服するのである。

もちろん、現在の日本経済の状態がピンチになりかねない状況だという認識は正しいだろう。しかし、ピンチをもたらす要因が「他国企業との相対感では」プラスの側面をも持つことを忘れてはならない。私はこの稿で、あえてそうしたプラスの側面だけを書いてみた。もちろん現実には、マイナスもあり、かつプラスもある。あくまでその総合判断でしか、結論は出せない。たとえば、たしかに世界経済のスローダウンによる需要面への影響は大きいだろう。しかし、その影響の大きさにしても、成長の高い国ほどきついことを考えるべきである。つまり、ゆるやかな成長しかしてこなかった日本企業よりは、中国や米国などの企業への負の影響の方が大きいであろう。

この件にかかわらず一般的に、プラスマイナスの総合判断をせざるを得ないとき、多くの人は「コスト高」要因ばかりを見てしまう。それは「確実に計算できる」要因だからである。私があげた「プラス要因」は生まれうるかもしれない「不確実な」要因ばかりとも言える。日本企業への需要が増えるのか、デフレからの脱出ができるのか、日本の通貨の国際購買力がよかったとしてもそれをうまく使えるのか。たしかに、確実ではない。しかし、「確実に計算できるマイナス要因」を小さくする努力、「不確実なメリット」を実現する努力、それが経営ではないのか。その意思を強く持てるかどうかで、結果は変わりうる。

日本の消費者に直接販売するルート

韓国も台湾も香港もシンガポールも、一九九〇年代には市場アクセスの町で厳しい状況に立たされそうだ。ヨーロッパは東欧諸国(少なくとも何力国かはECに準加盟国の地位を与えられるだろう)が生産した製品を受け入れるために市場を確保しておかなければならないから、アジアのNIESの製品を締め出すだろう。アメリカは、国際収支の赤字を減らすために輸入を削減し輸出を増やさなくてはならない。アメリカは対ヨーロッパ収丈がすでに黒字になっているから、赤字削減のツヶは環太平洋諸国に回ってくるはずだ。アメリカが。一二〇〇億ドルの赤字を解消して八〇〇億ドルの黒字(アメリカの対外債務の利払いに必要な金額)に転じるあいだに、環太平洋諸国ではどんなに少なく見積もっても一〇〇〇万人の失業者が出るはずだ。

理論的には、日本が環太平洋ブロックの中心となってNIESからの輸出を受け入れ、環太平洋地域の経済発展の先導役を果たすことができるはずだ。いわゆる雁打型の発展をめざすわけだ。そのためには、日本がブロック内の産品を買い上げる主荷市場になる必要がある。しかし、環太平洋諸国から日本への輸出は近年増加しているものの、内容的には低賃金労働力を使って生産された部品がほとんどで、日本企業がそれらの部品を製品に組み込んで世界へ輸出している。つまり、環太平洋諸国は日本市場へ輸出しているというよりも、間接的に欧米市場へ輸出しているだけなのだ。

日本の消費者に直接販売するルートが閉ざされている点においては、アジアのNIESも欧米の先進諸国も同じだ。だが、環太平洋貿易ブロックを実りあるものにするには、日本市場への直接アクセスがどうしても必要だ。現在は、日本市場で物を売るには日本の企業に仲介してもらわなくてはならない。これでは、アジア諸国は日本にとってただの低賃金労働力でしかない。日本の新聞にも、「アジアのNIESにとって、日本はいまだに密林の王者と映る。

日本の企業はこれらのNIESに生産拠点を移して、現地のメーカーを市場の最下端から締め出そうとしている」という記事が見られる。アジアの企業が日本市場への輸出を伸ばして日本国内の産業に影響が出るようになると、日本政府が輸出の削減を働きかけてくるケースもよくある。韓国などは、莫大な対日貿易赤字を抱えているにもかかわらず、ニット製品の対日輸出を「自主規制」している。

アジアのNIESも、欧米諸国と同じように対日貿易赤字が増大する一方だ。しかし、環太平洋貿易ブロックを形成するとなれば、日本が多額の輸入超過を引き受けなくてはならない。それができる経済力を持つ国は、日本しかないのだ。地理的にはアメリカより日本のほうが近い[シンガポールなどは、それでもかなり遠い]のだが、アジアの環太平洋諸国は経済的にはアメリカとの結びつきのほうがはるかに強い。輸出量もアメリカ市場向けのほうが多いし、直接アクセスのルートを持っているから、アメリカ企業に販売の仲介をたのむ必要がないのだ。

日本の家族の住まいの建築的構造の変遷

このアニメは、携帯電話をほとんど必須の道具として用いる若者たちが、この道具を通じて何を欲望しているのかを、反照してみせる。そこで求められているのは、近接性の感覚、ほとんど完全な同時性を覚えるほどの、他者の直接性の感覚である。携帯電話によってすらも、完璧には到達しえないほどの、極度の近接性・直接性への欲求が、携帯電話の使用を駆り立てているのではないか。重要なのは、交換されるメッセージの内容ではない。実際、若者たちの間で交わされる、携帯メールのメッセージの大半は、内容的にはささいなものばかりなのだから。ここで想起されるのが、この国で、二〇〇三年頃よりしばしば起こる、いわゆる「ネット心中」である。互いに見ず知らずの若者たちが、インターネットを通じて呼びかけあい、一緒に自殺するのだ。自殺に至った背景や理由に関して、自殺者たちが互いに何かを共有しているわけではない。従来、心中は、結束の固い家族が行うものだった。言い換えれば、ネット心中は、家族による心中を代替するものとして登場してきたことになる。

ネット上の呼びかけに、まさに説明されるべき理由もなしに呼応してきたという事実が、彼らの間に、家族以上に本来的で原初的な関係が成立していたことの証左になっていたのではないか。無論、客観的には、誰かがネット上の呼びかけに応じたということこそ、偶然的・偶有的な事実である。ここでは、純粋な偶然性が、当人たちの感覚の中では、逆のものとして、『つまり家族のつながりを越える強い必然性として現れていることになる。以上の議論は、さらに、日本の家族の住まいの建築的構造の変遷を辿ることから、傍証を得ることができる。西川祐子は、日本の家族の近代史を追いながら、そこに、古いタイプの二重構造から新しいタイプの二重構造への交替があったとし、それぞれの家族モデルの二重構造が住まいのモデルの二重構造と対応していた、と論じている(西川『住まいと家族をめぐる物語』)。西川の言う家族モデルの旧二重構造とは、「「家」家族/「家庭」家族」という二重構造であり、それは、「「いろり端のある家」/「茶の間のある家」」という二種類の住まいのモデルの共存によって支えられていた。「家」家族とは、直系三世代同居の家業を営む経営体のことであり、社会学的な用語で表現すれば、「拡大家族」にあたる。

「家」家族の住まいの典型は、「いろり端のある家」で、家族が集合する団巣の空間がいろり端である。そこを主宰するのは、父たる男である。家族のすべての成員は、父の眼の届く範囲にいる。「家庭」家族とは、家業を継ぐことがない次男こ二男が、都市部に出たり、分家したときにあらたに形成した家族であり、夫婦と子どもをメンバーとする核家族になる。「家庭」家族の住まいの典型は、「茶の間のある家」であり、その中心には夫としての男がいた。この二重構造は、旧来からの「いろり端のある家」の中に、「茶の問のある家」が参入してきたときに始まるわけだが、それは、一九一七年のことであったという。この旧二重構造は、戦後一〇年二九五五年)くらいまで続いた。家族モデルの新二重構造とは、「「家庭」家族/個人」の二重構造であり、それは、住まいのモデルとしては、「「リビングのある家」/「ワンルーム」」が対応している。リビングのある家とは、いわゆるnLDKタイプの住まいのことである。ここで、nとは、「家族成員数-1」であるとされた。その引かれる1は、父=夫である。

つまり、家族の中で、父=夫だけが、固有の場所をもたない。それゆえ、西川によれば、リビングのある家にあっては、主宰者は、主婦である女である。このnLDK型の住まいが普及し始めるのは、一九七〇年代の前半である。そして、一九七五年には、最初のワンルームマンションが登場している。ワンルーム(マンション)とは、nLDK型の住まいの(子どもの)個室を、空間的に分離させたものに過ぎない。それゆえ、「リビングのある家」と「ワンルーム」は独立の住まいではなく、後者は、前者の一分枝として理解すべきである。西川による、家族の旧二重構造から新二重構造への転換という構図は、この議論とよく対応する。旧二重構造は、理想の時代の前史に対応している。旧二重構造から新二重構造への移行期、つまり「いろり端のある家」はほとんど見られなくなったが、まだリビングのある家は登場してはいない段階が、理想の時代であり、それは、日本型の近代家族の成立・普及期でもある。そして、新二重構造の段階が、虚構の時代とちょうど並行している。さて、問題はその後である。一九九〇年代の後半以降、nLDKという形式に収まらない、新しいタイプの住まいが、建築家たちによって次々と構想され、建築されてきた。西川は、この新しいタイプの住まいの位置づけに苦慮しているように見える。

この新タイプには、そうとなヴァリエーションがあるのだが、基本は、次の点にある。一方で、住まい内の空間がますます個人化(個室化)されると同時に、他方では、その個人化された空間が、家族外の社会空間に直結するようになるのだ。その典型例が、住まいとなる建物の外から内へと向かう「パブリックノコモン(家族)ノインディヴィジュアル(個室)」という配列を、「パブリックノインディヴィジュアルノコモン」という配列へと転換しようとした、山本理顕が設計した住居である。このような住まいの変化は、本節で論じてきたような家族の変容、すなわち個人が家族的な関係性から撤退した、あるいは家族的な関係を白身にとって関与的ではないものとして排除し、その反面で、他者と直接性の高い関係を取り結ぼうとする傾向と、きれいに符合していると言えるのではないか。実際、個人が個室に閉じこもった上で、インターネットや携帯電話によって外部の他者と直結しているという、今日ではごく普通の状況を想像してみたらどうであろうか。そうした状況を、住まいの構造にそのまま反映させれば、山本理顕の設計したような、新しい住居を得るだろう。