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公民意識は「人民」からは生まれない

北京大は、かつて魯迅が教鞭を執り、また、一九一〇年代後半、魯迅らとともに個人の解放を訴える五・四新文化運動を推進した胡適が教授、学長を務めた最高学府だ。胡適は「自由独立の人格がない国家は決して改良進歩の希望がない」(『イプセン主義』)と言い、「社会を改良するためには、まず今の社会がまともな社会ではないということを認めなくてはならない」と訴えた。自由独立の人格を唱えた学府で今、それを公然と否定する言論が大手を振って歩いていることは、災難の祭典化がさらに再生産され続けることを物語っている。胡適が言った「自由独立の人格」は、現代ではしばしば公民意識と呼ばれる。この場合の公とは、ルールに基づいて個々人の自由が尊重され、個人の利益が守られた上で、責任と義務を伴う場である。公民意識とは、国家の主人としての独立した自律的精神である。

これまで中国人を縛ってきた家族、地域、職場の人間関係から切り離された、独立した人格を形成することであり、儒教文化が支えた長い専制体制の中で植え付けられた被支配者意識からの脱皮である。茫飽飽事件に関する報道の中でも、奇抜な企画で知られる『新世紀週刊』(六月十一日号)は、苗の教え子の言葉として、「茫先生はいつも伝統的な儒家の孝道観念は一顧だにしなかったが、私たちに公民意識を教え込んでくれた。現代人の一人として責任感を持だなければならないと言った」と書いていた。憲法に登場する「公民」は中国国籍を持つ人間を指す法律上の概念だ。憲法は「中華人民共和国の公民は法律の前ではみな平等である」(第三十三条)と定めており、公民は国家の主人としての独立した人格を担うべき存在である。憲法にはこのほか「人民」の呼称もある。人民は社会主義と祖国統一を擁護する階級のすべてを指す政治的概念であって、法律上の概念が明確でない。

公民意識は、自主的な政治参加や自由平等原則に基づく市場参加の中で育てられるもので、階級思想を背負った「人民」の中からは生まれてこない。公民意識はその前提として、個人の権利が等しく守られる法治社会が不可欠だ。胡錦濤総書記が二〇〇七年十月の第十七回党大会で、「公民意識の教育を強化し、社会主義民主法治、自由平等、公平正義の理念を打ち立てる」と述べて以来、公的文書に公民意識が登場するようになった。人民から公民へ、脱イデオロギーの大衆政党を目指す党の路線を反映しているが、国家や党の利益が個人の上に置かれている法体系の下で、国家の主人としての位置づけは名実ともにまだ十分でない。

上から進められる公民意識の強化は、道徳キャンペーンに象徴される義務としての政治運動であり、独立した自律的精神とはほど遠い。災難を祭典に変えようとする政治運動の中での公は、一党独裁のルールに従順な人民であることを要求する。苗のように、上からの道徳教育に挑戦する公民は排除される運命にある。天安門事件以前に戻れない言論界過去にさかのぼれば、古代の「公民」は君主の所有物であり、私のない存在だった。『韓非子』五嚢にはすでにこうした「公民」が登場する。「民衆の当然の考えとしては、みな安全で利益になることには身を寄せ、危険で苦しいことは避けるものである。いま国のために戦場に出たとして、進撃すると敵に殺され、退却すると軍法で殺されるとなれば、これは危険である。自分の仕事は投げ棄てて、戦場の労役をひきうけ、家族は困窮していてもお上ではかまってくれないとなれば、これは苦しいことである。苦しみと危険があることを、民衆はどうして避けないでおれようか。

そこで、権勢の家に仕えて国の労役をすべて免れようとする。労役をすべて免れ柚ば、戦争からも遠のき、戦争から遠のけば身は安全である。また賄賂を贈って国の要人に頼って身を寄せると、望みがかなえられ、望みがかなえられると利益になる。安全で利益になることに、どうして向かわないでおれようか。こうしたわけで、国家の公民は少なくなり、権勢家に身を寄せる私人が多くなるのである」(金谷治訳、同前)中国での公は本来、皇帝を超越する天の万物万民に対する公平無私なあり方を指していた。近代では、孫文が『礼記』から引用した「天下為公(天下は万民のためにある)」を革命のスローガンとした。だが、公は皇帝そのものであり、公民は皇帝の私物であるとする伝統的観念の払拭は容易でなかった。文化大革命期、公の福祉を優先する趣旨で掲げられたスローガン「大公無私(公正無私)」も、結局は毛沢東という「公」への個人崇拝につながり、「私」のレッテルを貼って徹底的に他者を抹殺する道具に変わってしまった。中国で語られる公の概念は、伝統の呪縛からいかに脱するかという歴史的課題でもある。