記事一覧

鉄道省の権限は大きい

CCTV火災は、「面子は法を超える」という中国社会の潜規則をあぶり出した。「五輪開幕式と同じ花火を打ち上げられる」CCTVは、面子の大きさをひけらかすことができた。なぜ、面子が大きくなるかと言えば、他の者ができないことをやりおおせだからである。英語圏への中国文化紹介で大きな功績を残した作家の林語堂(1895~1976年)は、冒頭に引用した世界的ベストセラー「My Country and My People」(1935年)の中で、「面子を定義することは難しいが、例えば、北京の役人が制限時速35マイルの道路を60マイルで走ることができる時、彼は大いに面子があるという」と見事に言い当てている。社会を拘束する法を凌駕する実質的な権力が、面子の源泉なのである。林は同書で、面子の悪弊についていくつかの例を挙げている。長江を航行する汽船に2人の兵士が乗った。兵士たちは、船内のどこへ行こうが天下御免だと豪語し、関係者以外立ち入り厳禁と書かれた貨物室に入った。

そして、周囲の制止に耳を貸さず木箱に座ってたばこを吸い始めたが、箱の中に入っていた硫黄に引火し、汽船は大爆発を起こしてしまった。結局「2人の面子は立ったが、その代わりに命を犠牲にした」。また、上海のある将軍が、勧告を無視して制限を超える荷物を飛行機に運び込んだ。さらに、見送りの人々にいいところを見せようとパイロットに飛行場の上で一周旋回するよう命じた。しかし、飛行機はバランスを失って木に衝突してしまった。そして「将軍は面子の代償に片足を失ってしまった」。林は「中国人がみな自分の面子を捨てなければ、中国は真の民主主義国家となることはできない」と嘆いたが、面子の愚行は繰り返されている。CCTV火災ばかりではない。高速鉄道事故も面子が生んだ悲劇と言ってよい。

浙江省温州で2011年7月23日夜に起きた高速鉄道の追突、脱線事故では、貴重な物証である車両を地中に埋める証拠隠滅まがいの処理が猛反発を受けた。また、翌24日未明、「生命反応がない」と救援活動が打ち切られた後で、大破した車両から2歳の女児が生きて救出され、人命軽視に批判が集まった。なりふり構わぬ鉄道省の対応に、インターネットでは「鉄道省の面子が大事なのか?人の命が大事なのか?」と怒りの書き込みがあふれた。温家宝首相は28日、事故現場の高架下で内外向けの記者会見を開き、「事故処理に多くの疑問を生んだ」と認め、「我々は真剣に民衆の意見に耳を傾け、責任ある答えを出さなければならない」と強調した。出席した同僚記者によると、会見後、中国メディアの記者たちは「鉄道省は残れ!」と随行の同省幹部らに取材を求めたが、一行は無視して立ち去ってしまった。

確かに鉄道省の権限は大きい。抗日戦争、共産党と国民党との内戦を通じ、鉄道は軍事戦略上、重要な役割を担った。1949年の建国後も鉄道部門は人民解放軍の一翼として朝鮮戦争やベトナム戦争の物資輸送に貢献する一方、主要交通機関として計画経済を支える重要な役割を果たした。そのため強大な権限が与えられ、「鉄老大」と呼ばれた。「鉄」は鉄道、「老大」は長男やリーダーに対する親しみを込めた呼称で、鉄道事業の功績に対する敬意を含んでいた。空路がまだ発達せず、鎖国政策で海運も重視されていなかった時代、唯一の大量輸送機関だった鉄道事業は、交通・運輸業界の中で最も面子が大きかったのである。

ところが、改革・開放政策が導入された1980年代以降は、監督官庁が現業を兼ねている組織上の欠陥が非効率な事業運営を招き、また、公共財産の流用が横行し、同省幹部の腐敗事件が頻発した。2005年以降は約2兆元を投じた高速鉄道事業の拡大で、利権構造はさらに肥大化した。2011年2月には、劉志軍・鉄道相が、高速鉄道建設の入札を巡る約300万元超の収賄容疑で解任される疑獄事件も起きている。「鉄老大」は、規律の緩んだ巨大組織を鄭楡する言葉に変質した。鉄道省は職員約210万人を抱え、同省に所属する警察、検察、裁判所が事件処理を行い「独立王国」とさえ呼ばれる。権力の独占状態を解消するため、同年6月末までに捜査、司法部門を同省から分離させる改革が進められてきたが「実行できたのは北京など一部の地域だけ。人的関係は相変わらず残っており、実効性は期待できない」(司法担当記者)のが実態だ。