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自立を妨げる儒教道徳を批判する

芭の友人だった雑誌編集長が震災時、部下の女性らを置いて飛び出し、戻って助け出す勇気もなかった自分を責め、苦しんでいた。日記を公開した直接の動機は、この友人を励ますのが目的だったが、予想以上の反発に対し、茫はサイト上でさらに詳しい釈明を試みた。要点は以下の三点だ。ネット上で大震災への義援金高額番付が登場し、一部の著名運動選手や企業家が少額であると攻撃されていた。義援金は自発的なもので、他から強制される義務ではない。こうした陰湿な集団による道徳的暴力と偽善に対し、強い反感を持った。地震の際、自分を犠牲にして他人を救った人たちのことは知っているが、一方で、メディアの報道や社会世論の中に、ある程度の事実隠しや道徳的犠牲の宣揚、さらにこうした手段によって暗示される道徳の強要を感じた。

儒教哲学がこれまで多くの完成された偽の聖人君子を生んできた。こうしたことに罪悪感も反省もない国家は正常ではない。道徳家の凛然とした居丈高な態度を見て、私は批判しなければならないと思った。自分をどのような方法で批判してもよいが、私にも反論する権利がある。他人を救助する義務はあるが、極めて大きな生命の危険を冒してまで人を救う義務はない。もし別の人がそうしても、それは自ら選んだことであって高尚ということではなく、そうしなかったからといって、それは自分の自由であって間違いではないこと。自分よりも他人を優先させ自己を犠牲にすることは、一種の選択であって美徳ではないことを伝えたかった。

生徒を置き去りにしたことは、伝統的な教師の職業倫理に照らせば弁解の余地がない。しかも、進んでそれを公表し、正当化するやり方は賛同を得られなかった。だが、彼の主張は正論だった。挙国体制による厳しい報道統制の下、倒壊校舎の下敷きになって死亡した子どもの親たちが、政府に手抜き工事の責任追及をし、警察に拘束される事件も起きていたが、全く報じられなかった。現場では、救援物資や義援金が届かない被災民の不満も出ていたが、政府の責任問題にかかわる声は外国メディアでしか触れることができなかった。義援金の多寡で著名人や企業をランク付けし、愛国心や社会貢献度の尺度にする異常な風潮が支配し、少額の企業に対しては商品の不買運動さえ呼びかける動きも出ていた。苗が国内報道や世論の「事実隠しや道徳的犠牲の宣揚」を指摘したのは勇気のいることだ。

道徳的犠牲が強制される社会について、芭はその元凶を、儒教の身分秩序が生む被支配者意識に求めていた。被支配者意識は独立した人格を持ち得ず、権力に付き従う精神しか持てない。清末民国初の国難にあって、魯迅は個人の自立を妨げる儒教道徳を批判し、『阿Q正伝』を著した。阿Qは真実に向き合うことをせず、自分を偽って精神的な優位に逃げ込む奴隷根性の持ち主だ。魯迅が中国人の奴隷根性を批判してから九十年たった今もなお、後進的な国民性を克服できていないと、魯迅崇拝者の苗は強い憤りを感じていた。生徒も同僚も校長も擁護。芭の告白を初めてメディアとして取り上げた広州紙『新快報』(五月二十五日付)は、ネット上の批判と同時に「沈黙せずに本心を語ったのは評価すべき」とする肯定意見も併記し、以下のような、教え子の人物評を添えた。

米国に留学し、西洋現代詩を多数翻訳。自身も透徹した思索に基づく秀作を多く残し、中国現代詩に新風を吹き込んだ)、ドストエフスキーまで語り、カフカ、トーマス・エリオット、王国維(一八七七~一九二七年。清末から中華民国時代にかけ、哲学から文学、美学、歴史、考古学に幅広い先駆的業績を残した)の名を教えてくれた。ぼくたちは出来が悪かったけれど、先生は最後まであきらめず、価値があり、知る必要のある名前を頭にたたき込んでくれた。ぼくたちが大学進学後、先生のような愚かな学生にならないようにというのだった。ほかのどんな先生よりも視野が広く、我々の将来を考えてくれていた。先生は功利的なことも一切求めなかった。」